今月の巻頭言

書道月刊誌「書源」より、江口大象の巻頭言をお届けします。
奴書になるな

 「臨書とは、古典の文字の良いところを学びとり、将来の自分の字に生かすこと」
 右はいうまでもなく「みなもと」の表2「臨書をしよう」の下に毎号入れてあることばで、一種の標語のようなもの、いい方を変えれば私の信念である。
 臨書は、「そのままそっくりに書けるまで努力せよ」を否定するものではないが、それは自分の技術を磨くために、また自分のだれも書いたことのない書風を作るために過去の偉人の筆跡を真似るのであって、完壁にできたからといってそんなに祝盃をあげるほどのことでもないと思う。

 字形は真似できたとしても、筆勢や心情、品格まで臨書できる人はまずいないと思うし、できても、それがどうした、であろう。
 「そっくりだねえ」と感歎の声は上がるかもしれないが、修行の一過程でしかない。どんなにそっくりでも、書いた人本人の気持ちがどこかにはいっているはずなので、私はそちらの方を大事にしたい。見る場合も本人がどこに居るかを探す。

 数ある古典の中で、どの古典を自分のバックボーンに据えるかは吾人として大切この上ないことであるが、習った末に、その痕跡を消す作業も大事な仕事として残る。この作業のために別の古典を齧り続けているともいえる。だからバックボーンは複数の方がよい。
 私は今、王鐸が好きである。あのヨレヨレの人生も含めて好きである。王鐸の本物を見ると未だに血湧き肉踊る(二セモノは血湧き肉踊らないのですぐわかる)。もういい加減別のものにも食指を、とは思うが、今のところなくて困っている。この歳まで対抗馬が見つからないのはいいことではない。しかし数ある古典の臨書を重ねて、絞って絞って「王鐸」なのだから、まあいいかという気持ちもある。

 米芾は「群玉堂帖」の中で、古人の書は皆個性豊かで一つとして同じものがない。もし同じに見えるものがあればそれは「奴書」である、といっている。
 奴書にならぬ努力はしているつもりだが、臨書と作品とは全く別ものという意見には与したくない。

江口大象 (2012年5月号より)

| 巻頭言 | 07:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
なつかしい話

 過日、かつて勤めていた高校の現在の書道教諭から、倉庫を整理していたら先生の作品が出て来ましたけどお送りしましょうか、という電話があった。

 即座に「お願いします」といったものの、送られて来た2点の半切額作品を見て正直がっかりしてしまった。多分20代のもので、学校の文化祭かに出したものだと思うが、こんなに下手だったのか、いやそれより「気」がはいっていないことに日を覆いたくなった。いくら昔の作品でももう少しましなものを期待していたのだが、その先生にお礼をいうのさえ忘れるくらいがっかりした。
 すぐ表具屋さんにいって処分してもらったが、今考えると恥ずかしい記念品として残しておいてもよかったか、と。
 昭和30年代後半の頃は越前和紙をよく使っていた。にじみが少ない紙なのに中途半端な淡墨。羊毛。まるで線が浅い。当時は淡墨全盛時代とはいえちょっとひどい。
 「どんな小さな作品でも気を抜かないように」など偉そうなことをいったのは、つい昨年末のわが璞社書展の私の挨拶だった。わが身を振り返り後悔しきりである。

 もうひとつ過日のこと。かつてうちの門下であった同年くらいの人が亡くなられて、その奥さんからの電話。「先生の折手本が段ボール1箱分くらいあるんです。貰ってもらえませんか。本もかなりあるんですけど、よかったらそれも−−」。私は即座に「ありがとうございます」と返事をした。
 折手本は36冊あった。私は末尾に必ず年月を書くことにしているので、それが退職前後(昭和57年退職)、前述の「作品」より20年はど後のものであることがわかる。

 これはすべて臨書。だからでもあるまいが、上手下手以前にどれもこれも皆気が乗っている。乗りすぎてやや品が落ちるが、これは当時の心境をあらわす書風として大事に保存させてもらうことにした。一番新しい日付けが昭和60年12月。米芾の「蘭亭集序跋」。表紙も途中で紙から布にかわっている。今使っている折帖より造かに小さいサイズだが、字が溢れている、踊っている。
 約半分が槽書。原帖はいろいろあって17種。当時は月3回の稽古で、その都度書体に関係なく半紙2枚分の手本を書いていた。まだ1冊1冊丁寧に見たわけではないが、よい意味でも悪い意味でも自信に満ちあふれている。なつかしい話である。

江口大象 (2012年4月号より)

| 巻頭言 | 06:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
平清盛

 昨年末、私は「平清盛」を見て直感的にいい字だと思った。この字をいつか巻頭言で褒めようと思っていたが、いつだったか真神巍堂氏と二人っきりでホテルの喫茶室にはいる機会があり、いろいろの話の中でたまたまこのNHKの大河ドラマ「平清盛」の題字のことになった。
 「あれダウン症の人ですよ」
 あの字はいいですよ、といったものの思わぬ答えであった。

 「ダウン症」ですぐ思い浮かぶ人がいる。うちの門下に中堀大照さんという人がいて、その人の息子さんがダウン症の研究家だった。だったと過去形にしたのはすでに亡くなられたからで、東大の医学部を出たあと、小児科医の傍ら遺伝子の研究などをしておられたが、染色体異常の研究をさせてもらえるという話で徳島大学に移り、在籍10数年、志半ばの52歳で逝ってしまわれたとのこと。
 今日は1月27日。きのう帰宅して読売の夕刊を見て驚いた。「平清盛」を揮毫した金澤翔子さんが大きく出ているではないか。お母さんはかつて柳田泰雲に師事していた書家らしい。
 ダウン症がそうさせるのか正に無心の書、無欲の書。書家はすでにこの辺で降参である。手が不自由なように見えて闊達。筆が立っている。見栄を張っていない。おどけていない。面白さなど微塵も追求していない。

 プロの書家がこんな字を褒めてはいけないのかもしれないと思いつつ書いている。しかし書の原点はこの辺にあるのではないか。書家はしっかり古典の研究をしたあとは苦しまずにスッと書けたものの方がいいのではないか。
 私は初めダウン症の人の字とは知らずに褒めた。しかしこれは子供の書を褒める次元とは明らかに違う。大人の書を見て書の本質を垣間見た思いがしたのである。
 良寛は書家の書を嫌った。彼の懐素「自叙帖」 の臨書などは充分に中国的な匂いのするもの。書こうと思えば書けたのに敢えてあんな字に拘ったと私は見ている。あれは書家の字を忌み嫌う良寛独自の純日本的ないい字である。習おうとは思わないが好きな字である。

 後日、北條大璞君からインターネットで金澤翔子さんの動画を見せてもらった。大字の席上揮毫場面ばかりが出てくるためか、「平清盛」とはおよそかけ離れた鈍重な動きであった。もう少し小さな字の揮毫風景を見たい。小さな字は活発な運筆になるのであろうか。

江口大象(書源2012年3月号より)

| 巻頭言 | 13:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
前半と後半の問題点

 12月4日、今新幹線の中。今日は12月らしくない暑さの中で 「みなもと展」 の授賞式を先刻済ませて来たばかりである。大阪市立美術館の授賞式会場は、2回に分けてもなお超満員、子供の熱気でむせ返っていた。私は挨拶の中でくれぐれもやめないように、終生書を愛する人になってほしい旨を伝えたつもりである。
 控室にさいたまの中山恂玉さんが持って来たという11月27日付の「河北新報」 のコピーが置いてあった。仙台の人気地方紙らしい。
 かばんに入れて新幹線の座席についたのが4時過ぎ。はっとして改めてそれに目を通した。すごい文章力である。少し転載させてもらおう。

「大切にしたい文字文化」  仙台市袋原小6年 佐藤詩音
 文字を見て感動することがある。例えばこの夏の「東北六魂祭」のタイトル。一目見ただけで、はっとした。力強い毛筆の字がまるで生きているみたいで心を打たれた。書いたのは私と同じ年の少年書道家と知り驚いた。(中略)
 デジタル時代になり、多くの作家がパソコンで執筆し電子書籍の普及で本の姿まで変わろうとしている。
 宮沢賢治が手帳に書いた「雨ニモ負ケズ」 の詩。その直筆を何度も見た。賢治はこういう字を書く人だったんだ、としみじみ思う。(中略)
 文字を書くということは、それそのものが文化だと思う。毛筆は美術だと思う。日本語はとても美しくて、書いた文字にはその人の思いや魅力があふれている。(中略)
 だからどんなに便利な時代になっても、文字を書く文化を大切に残したい。美しい言葉と文字を持つ日本に生まれたことに誇りを持とう。心を文字に表そう。そして、もっともっと自分の思いを丁寧な文字にして大切な人に伝えたい。

 次いで家から持って来た「朝日新聞」を拡げる。「声」欄に思わず目が止まった。「漢字が日本語をはろぼす」という田中克彦氏の本を紹介している人がいて、中国の簡体文字、韓国のハングル文字を礼讃して、日本は1日でも早く「漢字克服に取り組め」と結んである。書いている人が福祉保健財団職員なので、日本の少子高齢化で今後大量に外国人看護師を入れざるを得ない局面が来ることを心配してのことがあるかもしれない。いわれる通り、漢字はさぞ外国の人にはむずかしかろうと思うが、先日のあの看護師資格をとる国家試験の問題は少々むずかし過ぎた。

 両極端の文章を載せたが、前半は前半、後半は後半で今後の大きな問題を含んでいるようだ。
 私にとってうれしい「前半」の問題点は、パソコン文化のあと戻りは絶対にないので、今後ますます手書き文字が減ってゆくだろうこと。作家、評論家の直筆原稿がなくなることで、文学資料館などは今から悲鳴をあげている。書家の悩みはそれ以上。「後半」の問題点は日本人個有の精神文明をどこまで守れるか、だろうか。
 まあ数10年後の問題とはいえ双方ともいずれここで書かなければならないことなのかもしれない。

江口大象(書源2012年2月号より)

| 巻頭言 | 21:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分の眼で正しく

 「芸術鑑賞は人に頼るな」と題して、映画評論家の白井佳夫氏が昨年3月7日の日経新聞に〈自身の目で作品に向き合え〉と提唱していた。

 映画や文芸などはダメなものはダメとはっきり書く人が多い。それが自分の文芸になり、投稿、出版できるからであろうが、書と比較することはちょっと無理。書の場合は数が多いこともあり、ダメなものはあえて取り上げない風潮である。しかし一人の評論家が「この人」と思って書く熱のはいった長文の作家論や、例えば50人か100人はどに限定して分析してみせる短かくても正確な作家論、作品評などは面白いものが多い。白井氏は文学作品を巻末の解説から読みはじめる人などの非を嘆いておられるが、書はいきなり作品と対峙するのでその心配はない。却って予備知識がある方がいいくらいである。

 まあそれはそれとして、関心のあるグループや個人の作品を「自分の眼で正しく見る」 ことは今年の目標にしてもいいのではないかと思う。
 と軽く言ったが、実をいうと「自分の眼で」は簡単でも「正しく」はかなりむずかしい。本来プレてはならない「正しさ」 の基準が、個人あるいは団体によって小さくあるいは大きくプレるのが現実だからである。
 常に自分に対して「しっかりしよう」「これでいいのか」と問いかける必要がある。

▽一番大事なことは決めてかからないことである。
▽例えばの話、太くてはダメ、細くてはダメ、筆も紙もこれ、連綿はダメ、一行ものはダメなどなど、決めてかかった眼で見ると判断に誤差が生じると思った方がよい。書道史を見るまでもなくどんなものでもいいものはいいのである。
▽地位が上だから、受賞作品だからなどはのっけから外そう。そういうことはあくまでも参考に。
▽小坂先生の「批評」という巻頭言(六巻三号)に〈生気と覇気、剛健と粗暴、簡素と単純、素朴と粗野、荘重と鈍重、流暢と軟弱、軽妙と軽薄、歪形と畸形〉がある。批評のむずかしさと戒めだろう。
▽さて、「すべてを疑ってかかる癖」をつけるととんでもなく面白く、書の深渕に触れる心地がするものである。
▽たとえ歴史に残る古典であっても疑ってみる。明治の偉人でも本当に?と思ってみよう。時代背景とダブらせて考えた方がよい、とは私も思うが、本当にいいものは歴史など関係ない。
▽現在の師も含めて「神様」は決して作ってはいけない。王義之を含めて書の世界に神様はいない、と思ってかかった方がよい。
▽そして最後に、自分に対して「しっかりしよう」「これでいいのか」と励まし疑うことをお薦めしたい。

大風呂敷をお許し下さい。正月号の巻頭言です。

江口大象(書源2012年1月号より)

| 巻頭言 | 21:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
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